仙台高等裁判所 昭和33年(う)271号 判決
しかし、原判示第二の強姦未遂の事実は原判決挙示の証拠によりこれを肯認し得るのであつて、記録を精査しても原判決の右事実認定に過誤あることを疑うべき事由は存しない。
(一) 論旨は、被告人にきよ子を姦淫する意思がなかつた旨主張する。けれども、原審受命裁判官の証人成川きよ子に対する尋問調書によれば、原判示両側が山林になつている県道で、自転車を押して坂を上つてゆく高校一年生のきよ子と自転車に乗つた被告人がすれ違う時、被告人は速度をおとしてジロジロ同女の顔を見て行つたが、間もなく引返して同女を追越し曲り道で被告人の姿が見えなくなつたこと、そのうち道路の前方に自転車の置いてあるのが見え、きよ子は変に思つたが、その自転車の所を通り過ぎて十米も行くと、右側の林から突然被告人がとび出して、「こつちへ来い」というので、同女は恐ろしくなつて地面に尻餠をついたこと、すると、被告人は近づいて行つて同女の自転車を道路の端の方へ持つて行つたので、同女はそこへ行つて自転車のハンドルに提げておいた預金通帳入りの風呂敷包を取つて逃げようとすると、被告人は「いいから、こつちへ来い」と何回もいうので、同女は恐ろしくなつて行かなければ何をされるかわからないと思い近づいて行くと、被告人はいきなり同女の左横から片方の手を後ろに廻して同女の腰の辺を抱き、逃げようとする同女を押さえつけ、同女はもがき暴れて被告人からのがれて駈出したが、途中転び更に「助けてエ」と叫びながら走つて逃げて行くうち知人に出遭つたものであること、被告人は何等金品の要求をせず取りもしなかつたこと、以上の事実が認められる。被告人自身も原審公廷で、原判示山林の県道で自転車を押して坂を上つてくるきよ子と自転車に乗つた被告人がすれ違つてから、被告人は間もなく引返し同女を追越して同女から見えなくなつた所で自転車を降り、道路側の木陰に身を隠くし、同女が被告人の隠れている所の近くに来た時、被告人は路上にとび出して「こつちへ来い」と言つたが、同女が立止つて来ないので、近づいて行つて同女の手を掴むと、同女は暴れ出して、自転車のハンドルにぶらさげていた風呂敷包を取り、自転車を放置して走つて逃出したので追いかけたが追いつけなかつたので、やめて引返した旨、手を掴む前か後か判然しないが同女は倒れて尻餠をついたようである旨供述しているほどである。
右被告人の当時の言動に徴すれば、被告人の原審における「相手が承諾するなら一緒に映画でも見に行こうと考えて話をしようと思い映画を見たあとは友達になろうと思つたもので、その女に無理にいたずらをしようという考はなかつた」旨の弁解は到底措信採用できないところであると共に、被告人の司法警察員に対する「女の子を見ると急に情欲を出し、その女の子をモノにしてやろう(姦淫する意)と思い、現場は人通りも余りなく人家を遠く離れた山地で、女の子を掴まえれば直ぐモノにすることが出来ると思い女の子を掴まえれば山の中へ連れて行つてモノにするつもりだつた」旨の供述は、これを措信するに十分で、それが所論のように司法警察員の創作であるとは到底認められない。右「モノにする」意味についての所論は、前記被告人の言動に照し、独自の見解に過ぎない。
(二) 論旨は、被告人の行動は姦淫を遂行するに必要な相手の反抗を抑圧するに足る積極的行動はなされていず、被告人の「こつちへ来い」と言つて女の手を握る程度の所為を以ては姦淫実行の着手とはみられない旨主張する。
けれども、前叙被告人の言動にきよ子が恐怖して地面に尻餠をつき、更に被告人がきよ子の腰を抱いて逃げようとする同女を押さえつけ、同女はもがき暴れて被告人からのがれ逃げ出した旨のきよ子の証言はこれを措信するに足り、前記の如く被告人自身も原審公廷で女が暴れた旨供述しているのであつて、きよ子が十六才で被告人が二十三才であることに鑑みれば、暴行と脅迫と相まつて同女の抵抗を著しく困難にしたことはこれを肯認し得なくはないのである。所論被告人が当時右手に持つていたというビニールの合羽というのは、ビニールの五尺四方位の風呂敷様のもので(八二丁表)、仮令被告人がそれを持つていたとしても、女の腰を逃げられないように押さえた旨のきよ子の証言が、所論のように経験則に反するものとはいえない。又、所論のように被告人の智能がきよ子のそれより遙かに劣るとしても、前記の事情に照し被告人の所為を以て所論のように姦淫実現不可能のものとは認められない。
ところで、未遂犯における実行の着手とは、結局各個の事件につき具体的にいかなる方法行為によつて犯罪を遂行するかを広く観察し、行為が結果発生の危険ある客観的状態に至つたか何うかを考慮し、如何なる段階までを予備行為と認むべきか、如何なる段階に達した場合実行の着手と認め得るかを決定すべきものである。蓋し、実行行為とは構成要件の充足に至るべき危険性を有する行為に外ならぬからである。本件において、被告人は被害者の女の子を掴まえればすぐ姦淫できると思い、道路傍の山林内に引張りこんで強姦する意味で、「こつちへ来い」といい、いきなり女の子の腰を抱いて、逃げようとする同女を押さえつけ、暴行と脅迫で同女の抵抗を著しく困難ならしめたものであり、右山林は道路に接続しているのであるから、被告人の所為は強姦の一連一体の行為で結果発生の危険ある客観的状態に至つたものであること明らかであり、実行の着手に達したものと認めるのが相当である。
以上の次第で、原判決には所論のような事実の誤認等は存しない。論旨は理由がない。
(裁判長裁判官 籠倉正治 裁判官 細野幸雄 裁判官 岡本二郎)